先日、新幹線の車内で刃物と薬品を使ったトラブルに対する訓練が実施されたというニュースを見ました。
そのニュースのタイトルはどこも『刃物と劇薬所持の不審者』『劇薬所持想定』といったように『劇薬』と表記していました。
TBSも『劇薬』でした。
毎日新聞も『劇薬』でした。
産経新聞も『劇薬』でした。
Yahoo!ニュースに掲載されたデーリー東北も『劇薬』でした。
RAB青森放送も『劇薬』でした。
Web東奥も『劇薬』でした。
ABA青森朝日放送では『液体の「薬品」』という表現でした。
『劇薬』は指定
厚生労働省によれば『劇薬』は指定されるものです。
薬事法(昭和35年法律第145号。以下「法」という。)第44条第2項の規定に基づき、劇性が強いものとして、厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定する医薬品のことを「劇薬」といい、次のような規制を受けることとなっている。
劇薬指定制度について
- 直接の容器又は被包に「劇」の文字の表示義務(法第44条第2項)
- 開封販売等の制限(法第45条)
- 譲渡の制限(法第46条)
- 譲受人から、品名、数量、使用目的、譲渡年月日、譲渡人の氏名、住所、職業が記載された文書の交付を受けることとなっている。
- 14歳未満の者等への交付の制限(法第47条)
- 他の物と区別して貯蔵し、陳列する義務(法第48条)
劇薬というものは基準があり、以下のようなものが規定されています。
劇薬の指定を受ける流れは医薬品医療機器総合機構(PMDA)に指定審査資料を提出するところから始まります。
『劇薬』は武器にならない?
劇薬は指定されるものと述べました。
毒薬よりも毒性が強い薬剤を『劇薬』と言いますが、そもそも新幹線の中で周囲を脅すような物なのか、誰にとってどのような脅威になるのか、調べてみました。
急性毒性(致死量:mg/kg)が次のいずれかに該当するもの。
毒薬・劇薬指定基準について
- 経口投与の場合、毒薬が30mg/kg以下、劇薬が300mg/kg以下の値を示すもの。
- 皮下投与の場合、毒薬が20mg/kg以下、劇薬が200mg/kg以下の値を示すもの。
- 静脈内(腹腔内)投与の場合、毒薬が10mg/kg以下、劇薬が100mg/kg以下の値を示すもの
上記を見ると『経口投与』『皮下投与』『静脈内(腹腔内)投与』となっています。
ペットボトルに入った状態の『劇薬』を持って威嚇しても、それが本当に『劇薬』なのであれば、脅威ではありません。
劇薬の商品
劇薬の指定を受けて、販売されている物は、医薬品でもあるので薬機法に基づく書類手続きも行われています。
下図は『添付文書』という、医薬品の安全性などを示す書類です。
心臓病(不整脈)の治療に使われるアミオダロン塩酸塩という製剤があります。
注射して使う『アンカロン注150』は『劇薬』です。
お薬としてはアンプルという瓶に入っていて、その容量は3mLです。
同じ薬剤の錠剤は『毒薬』です。
こちらはよくあるタブレットというか、直径8mmのラムネのような錠剤です。
心臓病ではなく、洗口剤にも劇薬があります。
うがいして吐き出す薬ですが、誤って飲み込んだら危険ですよということにはなっていますが、口に入れます。
先述の錠剤は口に入れて飲み込むので濃度が低い毒薬ですが、こちらの洗口剤は劇薬です。
もし、新幹線の中で洗口剤を持った犯人が大声を上げていて、それを脅威と思う人がどれだけ居るでしょうか。
たぶん『劇物』
ほとんどの新聞やニュースで取り上げられた『劇薬』は、たぶん『劇物』を誤用したのではないかと推測します。
毒物劇物取締法というものがあり、危ない溶液などを規制しています。
ホームセンターでも扱っていそうな『殺鼠剤』は劇物です。殺虫剤にも劇物があるので、農業ではよく使われています。
研究施設や化学工場などで使われる試薬にも劇物はたくさんあります。筆者が居た研究所でも、使用毎に帳簿に記載し、空瓶であっても所定の事務手続きを経て廃棄することになっていました。
このような劇物は、皮膚が溶けてしまうようなこともあるので、こんなものを新幹線に持ち込まれたら恐ろしいです。
学校の理科室にもあった『塩酸』は劇物です。以下のリストは多くの学校にあったのではないかと思います。
- 塩酸
- 硫酸
- 硝酸
- ぎ酸
- 蓚酸及び蓚酸塩類
- ヨウ化水素
- 水酸化ナトリウム
- 水酸化カリウム
- アンモニア
- 過酸化水素
- 塩素
- 臭素
- ヨウ素
- ナトリウム
- メタノール
- トルエン
- クロロホルム
- ホルムアルデヒド
- キシレン
- アセトニトリル
報道1社だけが『劇薬』というのであれば間違ったかな、というくらいですが、ほとんどすべてが『劇物』を『劇薬』と言っていて、それを関係者が気づかないで報道し続けるというあたりを見ると、薬機法や毒劇法は国民に浸透していないなと思います。
次回は『劇物』で
また同様の訓練を報道する場合は、ぜひ『劇物』か、危険な化学物質といった表現をして頂ければと思います。
筆者は本業でBCP(business continuity plan)のコンサルティングしているので、特に医療機関のコンサルではNBC災害という核(nuclear)、生物(biological)、化学物質(chemical)の3種の特殊な脅威に対する計画を策定することがあります。
テロだけではなく、事故でも病院に搬送されるので、病院スタッフを守る計画も必要になります。このとき、劇薬よりも劇物の方が危険なので、言葉は間違えないように使っています。