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蒸発するネブライザ | MeKiKi

ネブライザ

 ネブライザとは、超音波などの物理的作用によって薬剤を霧化する装置です。

 霧化した薬剤は咽頭や鼻腔などの粘膜に付着して作用・吸収されます。




市場蒸発

 2020年の新型コロナウイルス感染症の流行拡大により、耳鼻科学会ではネブライザの自粛を求めました。

 『不要不急』とは言いませんが、他の方法で代替できる治療はネブライザと置き換わりました。

 それにより、ネブライザ市場が縮小しました。

 処方回数が6千万回ほどあったものが、2千万回に迫る勢い、3分の1近くに減りました。

 処方料は年によって多少違いますが処方回数に比例しますので、医業収入で言うと100億円あった市場規模が40億円へ縮小しました。
 ネブライザ専門医院はないと思いますが、耳鼻科医院などでは装置を購入し、スタッフも配置していますので、コストだけが出ていく形になったと思います。
 ネブライザ部屋が5席、装置が5台あったとすれば2席・2台で足りますので3台は何も生み出さない資産となり、3席分のスペースの家賃もただ空気のために支払うようなものです。


 薬剤も市場蒸発が顕著です。

 一例として『パルミコート吸入液』を見てみると、薬価ベースで60億円あった売り上げが、2020年度は20億円にまでへっています。

 処方される数を見ると年間2千万回、すなわち2千万本、毎月150~200万本くらい出荷していたものが月100万本くらいに減ったので、生産計画に大きなダメージを与えていると思います。

 何も作らない工場でも設備は残っていますし、場合によっては空調や照明は生産していなくても使わざるを得ないかもしれません。
 医薬品工場の厳しいクリーン度維持には相応の費用がかかるため、単に空気といっても、タダではありません。

 材料の仕入れも、これだけ量が減ると高くなりそうなので、いまの薬価では不採算にならないか心配されます。




市場撤退を防ぐ

 パルミコート吸入液はネブライザ治療で多用されており、この薬が無くなると困る患者さんが居ると思います。

 そもそもネブライザが必要という時点で、身体が強いという訳ではなく、アレルギーなど何らかの疾患を持っています。

 薬の相性もあるので『パルミコートなら大丈夫』という人が居るかもしれません。

 なぜ『市場撤退』かと言うと、薬価の不採算です。

 過去に狂牛病が社会問題化したときに、医薬品や診療材料の製造過程での検査項目が増えてコスト増となり、日本では薬価や償還価格が公定価格として決められているのでメーカーは不採算となり、日本市場から撤退した例がありました。

 コロナ禍で処方数が減った薬について、売価へ転嫁できない経費は製薬メーカーの持ち出し、不採算であれば徹底は仕方ないでしょう。




くすりの値段

 薬は、工業製品としての製造原価は数円~数十円程度だと思われます。

 薬の成分は細かく添付文書等に記載されていますし、インタビューフォームなど様々な資料が公開されています。

 例えばブドウ糖注射液は、『精製ブドウ糖』と精製水で構成されます。
 100mLに対して5gの精製ブドウ糖を使っているブドウ糖注射液は原材料が精製ブドウ糖5gと精製水95mLくらいです。

 精製ブドウ糖の原価は知りませんが、市販品でいうと1kgあたり5千円くらいかなと思われます。
 精製水は買わずに内製すると思いますが、買ったとして20L入りが2千円くらい、100Lで1万円くらいです。
 仮に1トン分を作ろうとすると、精製ブドウ糖が50kg(25万円)、精製水が950L(9.5万円)必要になります。合わせて34.5万円です。
 345,000円/1,000Lなので345円/1L、0.345円/mLという計算になります。
 これは材料原価ですので製造コストやパッケージ、輸送費などがかかります。

商品名薬価mLあたり
大塚糖液5% 20mL(管)66円3.30円/mL
大塚糖液5% 50mL(瓶)132円2.64円/mL
大塚糖液5% 100mL(瓶)136円1.36円/mL
大塚糖液5% 250mL(瓶)189円0.76円/mL
大塚糖液5% 250mL(袋)189円0.76円/mL
大塚糖液5% 500mL(袋)221円0.44円/mL

 ブドウ糖注射液自体には特許性はなく、自宅でも作れなくはないと思いますが、効果効能が高いものは特許性があるものが多いです。

 医薬品の価格には原材料費や生産設備などの製造原価、梱包や輸送などの物流費、広告宣伝費、医薬品ゆえの品質保証経費などが恒常的にかかります。
 そして、医薬品が世に出るためには開発が必要であり、その開発費は対象となる医薬品が誕生するために係る最低限度の開発費とは別に、失敗リスクや知見の積み上げに係る経費も必要です。
 1本100億円のプロジェクトが10本並走し、1本だけ製品化できたとすると開発費総額は1,000億円です。

 年間1千万本、10年で1億本の出荷を見込んでも開発費相当分だけで1本あたり1,000円かかります。
 これが出荷半減となると1本あたり2,000円貰わないと開発費が回収されません。
 特許が関係する場合、特許取得から市販までの期間もあるので実質10年程度しか独占できずジェネリック薬品が出て来てしまうので、その間に開発費を回収しなければなりません。
 開発費の案分は、出荷数とのバランスが難しいです。

 原材料費は出荷数が下がれば高単価になりますし、設備も10億円かけてつくった量産ラインが使われなければ、その10億円は他の薬剤に振るか、当該薬剤の価格に転嫁するしかありません。

 出荷が減る事で、これだけ経費に影響がでます。

【参考】大塚糖液5%

【参考】PMDA:精製ブドウ糖

【参考】アスクル:林純薬工業 ブドウ糖(D-グルコース) 特級 500g

【参考】Amazon:精製水




おわりに

 医療機器の回収/改修情報は、第三者にもわかりやすく書くように指導されているので、言葉は平易であることが多いです。

 ただし、内容としては『医療従事者が怠らなければ不具合で健康被害は起こらない』という論調が多く、現場では違和感を感じる人も少なくありません。

 誰のための文書、誰のための回収であるのか、ここに臨床家が関与して行った方がよいのではないかと思います。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。