カフ(cuff)
”cuff”を辞書で引くと『袖口』『袖口カバー』『ズボンの折り返し』などが出てきます。カフスボタンのカフもcuffです。
他に『手錠』も見つかります。和英辞典で手錠を探すと”handcuff”で出てきます。
医療現場では血圧計の『加圧帯』のことをカフと呼ぶことがあります。
素人目に見ると腕章のようなので”arm band”の方が想像に近いのですが”cuff”という言葉を選ぶあたりにセンスを感じます。
気管挿管チューブにもカフ
医療機関で多用される気管へ挿入して使うチューブの先端付近には、カフと呼ばれる風船が付いていて、チューブを気管に留置するアンカーのような役割を果たします。
下の動画の47秒あたりから注射筒で空気を入れているのは、カフを膨らませるためのものです。
1分3秒あたりで持っている圧力計は、カフ圧を確認するための物です。
カフ圧計はデジタル化され、自動で圧を維持する機能も持ったSmart Cuffという商品が徐々に広がっています。
この商品名にも”cuff”が付いています。

【参考】スミスメディカル:スマートカフ 自動カフ圧コントローラ
【参考】村田製作所:自動カフ圧コントローラ SmartCuff
カフは漏れが課題
気管内挿管用の自動カフ圧コントローラーが販売される背景には、カフの漏れ(リーク)という課題があります。カフ漏れの解決策としてSmartCuffという商品が生まれています。
気管内挿管の場合、気管の内径が膨張/収縮するので、カフに漏れが無くても適正圧を維持できなくなるのでモニタリングが必要になっています。
他のカフ、例えば血圧計の加圧帯(腕帯)は十分に高い圧を掛けて一旦は血流を遮断、その後、血流の再開を観察するために降圧していきます。
この、十分な加圧をする際に、カフに漏れがあると不十分になりますし、降圧のスピード調節が上手くいかないという課題も生じます。
カフ漏れのチェック方法(姑息的)
カフは簡単に言えば風船、空気圧を掛けてあげれば漏れを発見できます。
したがって、何らかの方法で加圧して、空気が漏れて来ない事を確認できれば良いのです。
非常に姑息的な手段かもしれませんが、非常にわかりやすい方法です。
自転車屋さんは感覚的!?
先日、子供を乗せられるタイプの電動アシスト付き自転車のスポークが折れたので自転車屋さんで修理してもらいました。
子供を乗せて折れてしまうスポークというのは、子供を乗せる仕様の自転車にアリかナシかという疑問もありましたが、子供を乗せたことが要因だと言われました。
修理が終わり、家に帰りその日は終わり。屋根付き(ブルーシートですが)駐輪場に自転車を停めて朝を迎えます。
翌日、自転車がパンクしています。
自転車屋さんに持って行くと、空気が膨張して破裂した恐れがあるということでした。
誰がこんなに空気を入れたかと言われたのですが『昨日、こちらで修理して….』と言ったところ無償交換してくれました。
話を聞いてみると、自転車屋さんでも圧力計を使っていないらしく、指先の間隔で空気圧の良し悪しを見ているそうです。
医療現場では気管内挿管チューブのカフを『耳たぶ』という曖昧な表現で決めていましたが、自転車屋さんは作業員個々の適量だそうです。
いわゆるママチャリではなく、本気のロードバイクなどの空気入れには最初からゲージが付いているそうです。
カフ漏れのチェック方法(姑息的)
自転車のパンク修理は、チューブに空気を十分に入れて、チューブを水中に入れてブクブクと空気が出て来る箇所を探すという方法が取られますが、血圧計のカフで同じ方法というのには色々と障害があります。
とりあえず空気を入れて、漏れてなさそうであればOKとする、といった曖昧な点検が実施されており、同じ部署でも点検者の主観が入るのでOK/NGのラインが割れてしまいます。
『点検をしているだけマシ』という意見も聞かれます。忙しい臨床ではME機器の点検に時間を割いていられないので、問題が無いのであればパスされてしまうこともあります。
血圧計であれば院内に何台もあるので、異変に気付けば使用を中止して代替機を探すことも容易なので、壊れるまで使う、壊れたら点検する、というのが一般的かもしれません。
カフ漏れのチェックの自動化
カフ漏れのチェックは実施すべき、面倒だから実施しないのであれば自動化するツールを提供しよう、主観的であることが課題であれば客観的に評価できるツールを提供しよう、と考えた臨床工学技士さんが居ます。
広島市にある中電病院の臨床工学技士である元山明子さんが考案したカフ漏れ点検器具は『emora』(エモラ)と命名され、販売が開始されています。

この製品の特長は前述のとおり『自動』と『客観』です。
カフとemoraを接続する作業は『手動』ですが、そのあとの加圧やエア漏れの点検は自動です。
所定の圧力を掛けたあとは圧が下がらないことを観察して『エア漏れなし』と判定しますので客観性があります。
所定の時間内に、所定の降圧が見られれば『エア漏れ疑い』として返されます。
非常にシンプルなツールですが、これが今まで無かったツールです。

コネクタ
emoraとカフを接続するためにはチューブとコネクタが必要になります。
コネクタはemoraに付属しない、これは他社のチェッカーでもよくある話で、現地調達となります。
メーカーに言って持って来てもらえるような取引量がない施設では、廃棄する血圧計からの移植がてっとりばやい方法になりますが、ネット通販で探し出すこともできます。
ebayで”blood pressure cuff connector”と検索してみたら色々と出てきました。
フィリップスとシーメンスに対応したメタルタイプのコネクタはオス・メスの5個セットで16.5USドル($3.3/個)、100組なら231USドルだそうです。
チューブ付きの各社コネクタは23USドルなので3千円くらいです。
ベストデベロップメント賞
2022年5月に開催された日本臨床工学会では、医工連携のアワード表彰が行われました。
その中で、前述のemoraはベストデベロップメント賞を受賞しました。
エア漏れを点検する方法が無かった訳ではありません。
姑息的に、圧を掛けて誰かが見れば主観的であるが点検はできました。
何十万円か百万円かするようなチェッカーと呼ばれる専用機を使えばエア漏れも発見できましたが、工場出荷前の検査ではないのでそこまでするほどの点検でもありませんでした。
丁度良い使用感や値ごろ感で手に入れられる物が無かったので、その穴を埋める、ニーズに沿った商品開発をしたことが評価されベストデベロップメント賞を受賞しています。
エア漏れの課題は他でも
emoraは血圧計の圧力に適した設計になっていますが、エア漏れが課題となっているモノは他にもたくさんあります。
車椅子のエア漏れも課題ではありますが、医療機器ではないのでさほどクローズアップされることもないです。
ターニケットと呼ばれるような、例えば下肢の手術をするときに血流を遮断するために巻かれる駆血帯が巨大化したようなデバイスは、エア漏れは大問題です。
手術後や出産後に下肢静脈血栓ができないようにと使われるDVTポンプと呼ばれるようなデバイスもエア漏れは困ります。
血圧計ほどの台数は出荷されていませんが、医療や福祉の世界ではエアでカフを膨らませるデバイスはたくさん存在しています。
マンシェット?
最初にcuffの話題から進みましたが、manchetteも血圧計の加圧帯を指しています。
日本語で『マンシェット』と検索すると多くが血圧計のこととしてリストされます。
アルファベットで『manchette』と検索すると腕輪のような装飾品が中心となります。たまに腕カバーやカフスボタンが出てきます。
”manchette”に”blood”を加えて検索しても血圧計が独占する感じではないので、世界共通ではないかもしれません。
”cuff”の方が通じる可能性があります。
何の漏れにニーズがあるか?
血圧計のエア漏れについては精密に測定したければ100万円前後の優秀な装置がありますし、単に漏れだけ知りたいのであればemoraがあるので、後発での参入余地は残ってないと思った方が良いと思います。数千円で販売できるならば話は変わると思いますが。
同じエア漏れでも、人間の方の漏れについてはまだまだ余地があると思います。
例えば『気胸』は肺から空気が漏れて胸腔に溜まる症状を言いますが、この漏れに気づかずに居ると、そのうち胸腔内で肺の居場所がなくなってしぼんでしまい、呼吸苦になります。
腸が破れて漏れる病気も、腹腔内の便が漏れ出ると敗血症を起こして生命危機が近づくことがあります。
車にぶつかった、ナイフで刺されたという場合に漏れる場合は既に医師が疑っていると思いますので発見が早いと思います。
まったくの健常者で急に漏れ出すということは少ないので、健常者が漏れ発見を望んでいるとも思いづらいです。
がん患者は、漏れを起こす要因を背負って生きていますので、漏れを早期発見し、早期治療をすることで生命を救い得る可能性があります。
胸腔も腹腔も表在しない部分ですので、患者本人も漏れに気づかない可能性がありますので、こうした漏れに気づくデバイスについては一定のニーズがあると思います。
医療機器にならないレベルでのニーズ
生体をモニタリングするデバイスは、基本的には医療機器に該当すると思いますので、薬機法などの規制に従った製造や販売が必要です。
emoraのように医療機器の外側、いわゆる雑品であれば規制は少ないので思い付きで作った物でも売る事ができます。
反対に、簡単に競合が現れると言えます。
『漏れ』をキーワードにすると流体系になるのでガスや液体が想像されます。
先述のエア漏れ以外にも医療ガスとして酸素が多用されており周辺で何かの漏れ検知が必要かもしれません。
液体は点滴などの薬剤、透析のような大量の水、アルコールや次亜塩素酸ナトリウムなどの消毒液などが施設内で使われています。点滴バッグが漏れている事はありませんが、透析室では稀に配管漏れが発生しています。
視点を変えると情報漏洩も『漏れ』の一種です。
人材の流出も一種の『漏れ』と言えるかもしれません。
新鮮で確度の高いニーズ
会議室では何も起きておらず、問題は現場で起きています。
ニーズとなる得る情報は現場で無いと上手く拾えないと思います。
ニーズも簡単に拾えるものではないので、100個拾って5個ぐらいを精査、良い物が無ければまた探しに行くということの繰り返しが必要になります。
製品化できるものはまぁまぁな数あると思いますが、事業性のあるものは1,000に3つといった程度です。
コロナ禍で医療機関や福祉施設への出入りが厳しく制限されているため、現場でのニーズ収集は容易ではないと思います。
筆者は医工連携を生業としており、医療機関へ出入りするルートを持っていますが、それでも相当に制限されており滅多に訪問できなくなっています。
現場ニーズを拾う方法としては、コロナ禍でも出入りできる人材、すなわち現に働いている従事者から情報を得るのが最適な方法です。